2025年12月29日~2026年1月28日の約1ヶ月間、当時オーストラリアで同じ学校・クラスだったスイス人(オリジナルはイタリア人)の友人が新婚旅行でわざわざ日本に来てくれた。
彼らが京都や大阪東京に観光で滞在していない数週間は、ホームステイじゃないけれど似たような感じで三重県のうちに滞在していた。最後に彼と会ったのは僕が地球横断中の時、8年前のスイスだった。その時僕は彼の家に滞在させてもらったんだけど、今回なんとなく恩返し的なのを出来た気がする。
Googleマップで見つけてから

2025年の5月にこんな記事を書いたばっかりで、その数ヶ月後に本人から連絡が来て現在に至る。ちなみにこの記事は2分もかからず読めるので、今回の記事を全部読もうとしてくれている猛者の人は是非読んでみて欲しい。奇跡的に話が繋がった。

彼の名前はウィンツ。ちなみに同い年(日本的に言えばウィンツは1歳下になるらしい)である。奥さんの名前はショエル(シャネル)で26歳のギャルである。僕の外国人の友人で最初に日本に来てくれたのが嬉しくて嬉しくて。まさか日本で会えるなんて本当に思ってもいなかった。世界の人にとって日本は本当にいろんな意味で遠いから。もちろん彼ら2人と過ごした時間は人生最大の宝物で、今回の記事は彼らと過ごした日々をただただ綴っていく。
2025年12月29日、中部国際空港に迎えに行ってウィンツを見つけたとき、もちろん涙の一つも流さなかった。その証拠がこれ↓
この瞬間から1ヶ月ぐらい英語を話すことになったんだけど、帰国して約6年ほど経つからもう殆ど英語なんて抜けてしまってた。英会話レベル全盛期の半分の半分の半分ぐらいになってたけど、彼らが滞在してる間に全盛期の半分の半分ぐらいまでのスキルは取り戻せたと思う。
今になって思うのは、人間5年ぐらい英語環境で住んでいれば多分頭の中に英語は刻まれる。その後母国に戻っても、反射的に英語を引き出す力が弱いか強いかだけなんだろうなと思う。英語圏に住んで最初の3年~4年ぐらいは「伝えたいことが全く伝えれなくてずっと心がモヤモヤしてて・・・」みたいな海外生活あるある。またあの感覚になるのは嫌だなと、ちょっと恐怖すら感じてたのですが紙一重で大丈夫だった。
上で少し触れたけど、ウィンツはイタリア人で幼少期に家族全員でスイスに移住している。そして奥さんのショエルは生まれも育ちもスイスだそう。ちなみにスイスはドイツ・イタリア・フランス・オーストリア・リヒテンシュタインの五カ国に囲まれている。色々話す言葉や文化が違いあって面白いんやけど、詳細は割愛。日本人の僕らには少し理解が難しいけど多国籍だからってことじゃなく、同じ国の人でも話す言語が違うのが当たり前な国。
そんな彼らの言語も面白くてウィンツが話す言葉はドイツ語(スイスジャーマン)・イタリア語・ポルトガル語。ショエルが話す言葉はドイツ語・フランス語(スイスフレンチ)・英語である。もう既にカオスだけど所詮は言語です。なんとでもなるし、ウィンツとはオーストラリアで一緒に居すぎて言語の壁なんざとっくの昔に越えている。(ゲイじゃないぜ)
年越し in 日本
年越し。小さい頃はテンションがあがってたしテレビも面白くて楽しかった。20代も割と楽しんでいた方だと思う。30代になって一気にどうでも良くなった。カウントダウンなんてしないしテレビも見ない。というか部屋にテレビが無い。

オーストラリアに住んでいた頃は、よくビーチで年越しをしていたんだけどその時を思い出す。海外で年越ししてた頃は非日常的で確かに楽しかった。僕にとって日本で年越しなんて普通の普通だけど、彼らにとっては「外国で年越し」になる。むしろ今ブログを書いていて思うことは「年越しinジャパン withタクバヤシファミリー」をわざわざ選んでくれたんだな。ありがとう。
年を越したら初詣。日本人は本当に忙しい。
三重県という地には伊勢神宮というバチバチのやつがある。その関係で12月31日はパチンコ屋が24時間オープンしている。(らしい)理由は全国の民が伊勢神宮に初詣に来る際、トイレに困らないようにという名目らしい。ギャンブルとは無縁なので詳しいことは知らないけど、鈴鹿市に住んでいる人間がわざわざ初詣で伊勢神宮に行くなんてこと聞いたことがない。知らんけど。(実際は結構行ってると思う)

初詣に行く神社は「椿大神社」という地元の神社。伊勢神宮内宮近くにある「猿田彦神社」の総本山で昔から初詣や車の祈祷、お宮参り、七五三など神ジャンルのことは全て椿大神社でやっている。細かいことは省くけど、月に1回か2回は仕事の関係もあって椿大神社に行ったりするし、ガチの地元の神社である。
1月3日という地元の人間はまず近づかない日に、スケジュールの都合上初詣に行ったんだけどそれはそれは。それはそれは、、、、それはそれはそれは凄い人でして。ていうか今まで見た中で一番の人だったような気がする。長蛇の列で下のバス停まで人が並んでいた。もう一生、三ヶ日に神社に近づくことは無いだろう。
「鳥居の真下で並んでる人って、ずっとお辞儀キープせんとあかんのかな?w」みたいなことを話ながら雪の中、初詣成功。

全然人おらんやん!って思うかもしれないけれど、写真の場所は通路だから空いてるだけ。坂になっているし、この写真を撮っている僕の背中を恐ろしい数の人間が見ていた。視線を感じるとはまさにこのこと。
せっかく日本に、しかも三重県に来たんなら伊勢神宮は外せない。後日行くんだけど時系列的におかしなことになるので、当記事の下の方もしくは後編とかで書くつもり。

外国人の友達を地元の神社に連れていったらどうなるか?というワクワク感があったんだけど、期待通りで彼ら2人とも猛烈に感動してた。しかも引いたおみくじが2人とも大吉という強運っぷり。ちなみに俺は末吉。こんなに楽しんでくれるんだなぁと、日本人としてちょっと誇り高く嬉しい。
鈴鹿を堪能するなら、絶対外せない
鈴鹿サーキット。F1の時期以外営業しているのかどうかすらわからない人の為に一応説明しておくとバッチリ営業している。土日は知らないけど、平日は待ち時間が存在しないレベルでアトラクションに乗れるし、温泉もホテルもある。更に夏はウォータースライダーとかがあるプールもオープンしてる。いいやろ!?
本物のコースをゴーカートで走行することができるアトラクション「サーキットチャレンジャー」や、モータースポーツの博物館「Honda RACING Gallery」もあって、俺は決して鈴鹿サーキットの回し者ではないけれど鈴鹿サーキットは地元の誇りであることに間違いない。
特にファミリー層にはオススメで、自分に子供が出来てからその凄さに気付いたんだけど、サーキットって名前がついてる割にキッズパークというか子供用のアトラクションも多い。実際ほとんどの客層はファミリー。F1とかバイクや車に興味がなくても是非一度遊びに行ってみて欲しい。ちなみにナガシマスパーランドも一応三重県なんだけど、そっちはアベックにオススメ。アウトレットもあるしね。

本物の鈴鹿のコースを前にテンションが上がってるアベック。

本場イタリア人が作る、カルボナーラ

今まで食べたカルボナーラの中でダントツで一番美味かった。料理してくれたからっていうお世辞は一切無しで、これは本気でヤバかった。実際、パスタに死ぬほど五月蝿いイタリア人のウィンツもこれはマジで本気で上手く作れたらしく絶賛してたので間違いない。
彼がいうには、カルボナーラで一番重要なのはベーコンらしい。そして如何に “クリーミーか” が大事で、チーズは自分たちで大根おろしみたいに “おろす” 。しかも二種類のチーズ。素材は「ちょっとお高いスーパー」にしか売ってないけど今後の人生でそれらを見かけたとき懐かしく想うことができるから嬉しい。ちなみにパスタの話をしているときのウィンツは素材にこだわるシェフの顔をしてましたとさ。

ウィンツ:スイスからお土産持ってくよ、何がいい?
俺:地元のビールで!呑んだら缶飾るわ!
左から二番目の青いビールがウィンツの地元「Basel(バーゼル)」のビールなんだけど、スイスに行った際ハイウェイから工場を見たことがある。一瞬だったけどそれが脳裏に焼き付いてていつでも思い出せる。味はどことなくアサヒに近い感じだったような、酔っ払ってて覚えてません。ちなみに黒いビールは別の地方のビールらしく、そことバーゼルのフットボールチームが仲が悪い為、まずい。らしい。(味はギネスに似てた。※俺は好き)というか、SOMERSBYってスイスの酒やったんやね!
本場イタリア人に、サイゼリヤ食べさせてみた。

っていうビデオを撮ったんだけど、俺以外の全員が動画のアップロードに反対しているので残念ですが載せません。ちなみに僕サイゼリヤ大好きです。がちです。
日の出
2026年1月5日、そろそろ時差も慣れてきた頃かな?っていうスイス人夫婦を朝の5時半に叩き起こして初日出を拝みに行った。ここは僕が小さい頃からずっとお世話になってる(?)海で、まだ1人で歩けない頃から死んだ婆ちゃんによく連れてきてもらってたのと、死んだうちの犬の散歩コースでもあった。面白いことに今は長野県出身の妻が毎日、車で通る&遊びに行っている。俺のバチバチのがちがちの地元だった海が、いつの間にか妻にバトンタッチしている感じがなんか良い。
世界共通で太陽は東から昇る。ヨーロッパからすると日本は「極東」で、三重県は太平洋側にある「東海」だから、ここで見る日の出には価値があるし凄いんだぜ。と俺は勝手に考えているので、それっぽい口調でそれっぽく説明しておいた。尚、彼らのリアクションは普通だった。太陽がどうのこうのより、長野県と同じくスイスには海が無いので彼らは波の音を聞くだけで凄く感動していた。
一生分の伊勢神宮
神々しい日の出を拝んだあと、日本一神々しいとされている伊勢神宮へ。三ヶ日も終わったし今日(1月5日)ならそこまで人もいないだろう、という安易な考えで伊勢神宮に向かったら高速道路の出口から渋滞にハマるし駐車場も無いし、あっても高いし、たかいちさなえって感じ。

「駐車場からおかげ横丁を通り、やっと入口の鳥居だ!!よーし、あともう少し!!」 ではありません。こっからが長いのよ伊勢神宮は。
人がいなかったら全然良いんだけど、多分いつも人が多いから歩くのも疲れるし、お子さま連れの皆さんはトイレ問題(ちょくちょくあるから問題ないけど。ケドやがな。)とか、お子様が急に歩くことを諦めたりすると神社内でブチギレ寸前状態の大人が生産されるという国力に関わるようなリスクも生じる。ちなみにこの日は高速道路を降りてからずっと違和感を感じていた。
警察、多すぎちゃう・・・??
まぁ最近の日本は治安悪化してるし、年末年始は頭のイカれた連中も多いし。伊勢神宮レベルになると全国から人が集まるし、テロ対策とかそういう感じ?と違和感を拭おうとしてたけど…

いやこれは絶対なんかあるやろ!!いくら1月5日の伊勢神宮でも絶対におかしいって!何やねんこの列は。何を待っとんねん!何があんねん!神でも来るんか?
隣を歩く人もなにこれ?ってなってるから聞こうにも聞けないし、それにしても警察多いしSPみたいな人も多いし、私服警官も笑えるぐらい多い。漫画ONEPIECEの頂上決戦かってぐらいの配属レベルで、さすがのルフィも「やっぱ明日にしないか?」って白ひげに相談するレベルだと思う。
参拝した後、神社の人に聞いてみたら「日本の総理大臣がご参拝に来られます。」と言いづらそうに教えてくれた。「なんや、天皇とちゃうんかい」と僕は思わなかったし、全然、ホントに、どうでも良くなかった。

この写真を撮ってるとき警察が僕の肩を叩いて「すいません、もう大丈夫ですか?(全部読みました?写真撮りました?動いてくださいね)」と声をかけてくれた。確かに守備する側からしたら「総理大臣>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>犬>犬のうんこ>俺」ですよね。のうのうと生きてて、伊勢神宮の看板を読んで外国人に翻訳してあげようと思って、写真撮っててすいませんでした。もう一生伊勢神宮には近づきません。すいませんでした。と若干思ったけど、思わなかった。嘘です。思いませんでした。またいつか、伊勢神宮に行きたいな
とにかく移動してくれと警察が言うもんだから、おかげ横丁に流れていったんだけどそこで見た光景は、信じられないぐらいの長蛇の列。高市早苗さんが来るということで参拝自体に規制がかけられていた。さすがの権力。※実際トランプさんや安倍さんのこともあるし、これぐらいして当然だと思う。でもこれがもし高市早苗さんじゃなくて前の総理大臣だったら、色々と文句を言う人間がめっちゃおったやろなぁ~と個人的に思う。現代を生きる日本人ってそんな感じっしょ、違ったらごめん
ラッキーなことに僕らは規制前に参拝できたから、長蛇の列を横目におかげ横丁をぶらり。ちなみに、みたらし団子や磯の香りがする食べ物(※海苔とか)が苦手なウィンツとショエルは、ひたすらコンビニでお菓子を買って食べてましたw
そんな彼らを帰りにスシローに連れていった俺を誰も責めはしなかった。祝☆人生初回転寿司

※実際は醤油を沢山つけて沢山お寿司を食べていました。めでたしめでたし。
~あ。彼らに「伊勢神宮と椿神社、どっちが好き?」って聞いたら「椿神社」と、2人とも即答でした。~
「大阪 = たこ焼き」では無い。

「日本」と聞いて、唯一知っていることが「東京・チーズケーキ・タクバヤシ(実際は本名)」だった彼らも、1ヶ月も滞在すれば流石に慣れた手つきで箸を使えるぐらいになっていた。
「大阪 = たこ焼き」という、誰もが持っているであろう当たり前のイメージを根底から覆したウィンツ。彼はたこ焼きの存在を知らずに日本に来ていたんだけど、大阪に行ったときにその存在を知り、実際に食べてみたらしい。磯の香りが苦手な彼らはたこ焼きは全然好きじゃなかったらしく、何個入りを買ったのか知らないけど全部食べれなかったらしい。外国人は皆たこ焼きとか焼きそばとか粉物大好きってイメージなのに珍しいね!いや、外国人って一括りにし過ぎやろ、アメリカ以外にも国は沢山ある!
満面の笑顔で持っているチーズケーキは、大阪のお土産で「りくろーおじさんのチーズケーキ」だそう。俺は全く知らなかったんだけど、世界ではマジで有名らしい。世界では「大阪 = チーズケーキ」なんだな。
なお、三重県に帰ってくる間にケーキがしぼんでしまったらしく、彼らがいうには「このチーズケーキはもっと大きかった!でも美味いから食おう!形は関係ない!」らしい!いや形気にしてたやん
時は無常
1ヶ月なんて、あっと言う間
ビザ無しで短期留学のMAXが大体3ヶ月、その三分の一。当時僕はハワイに短期留学したことをキッカケに海外移住を決断したんだけど、ワーホリでも留学でも何でも最初の方の記憶は鮮明にある。なぜなら全てが新鮮でワクワクして楽して怖くて、この地球上に俺は生きてるんだって確かに実感できたから。
How much ? を知らずに、What dollar? と、ビールの値段を聞きたくて店員に「???」って顔をされてた当時留学1ヶ月目の俺でも、未来的にこうしてギリギリではあるけど外国人の友と Language Exchange じゃないけど Homestay Exchange みたいなことが自分の人生で出来たことが何よりも思い出に残った。それは彼も一緒であるし、あの時オーストラリアでしんどいこともあったけど紙一重で我慢(乗り越えて?)してきて本当に良かったと思う。

海外に行くと決めて、住んで、旅して、あれから10年は余裕で経った。現在は妻と日本でキッチンカーを営んでるんだけど田舎特有の土地の広さ(実際はそこまで広くない)を活かして、真冬のBBQ&キッチンカーを庭でオープンして彼らとの日々を締めくくることになった。近所の子供も遊びに来ててまじで映画みたいなことになってた。
全てを手に入れたわけでは決して無いけど、そう錯覚してしまうぐらいの1ヶ月だった。

東京を堪能した後、彼らはスイスに帰る。地元の最寄り駅まで送っていったけど、この駅は僕が小中高と12年間毎日使っていた駅である。自分でも不思議なんだけど「人生の伏線&回収」みたいなのを最近めちゃくちゃ感じてて、もうすぐ本当に死ぬのかもしれないなと思う。まだやりたいことがあるっちゃあるから勘違いであってほしいけど、彼らとの最後の瞬間も特に泣くことは無かった。僕らは既にオーストラリアとスイスで別れを経験していて、3度目は日本だった。3回も違う国で会ってるんだから、次もきっとどっかの国で会えるっていう “確信” がある。というより、今回で確信に変わった。
これを読んでくれているマニアックなあなたも、たまには眼を閉じて「楽しかった思い出」を回想して欲しい。過去を懐かしむことは駄目なことじゃない。生きている限り、無料で何時でも何処でもやろうと思えばすぐ出来る。ってことは、自分が生きている限り、いつも一緒に居ることだって出来るかもしれないなー。嗚呼、楽しかった。
全然関係ないけど6年前の今日2/24は、家の犬の命日。

