こんにちは、こんばんわ。おはようございます!タクバヤシです。
「体調管理も自分の責任だから」そう言われたのは、僕がオーストラリアに住んでいた頃でした。
競争率の高い、ゴールドコーストの小さなレストランで、仕事を全て僕一人に任されていた頃の話です。
上司からすると
「最低賃金(当時は18ドル)も守って正当に働かしてあげている」
「外仕事などに比べ、まだ楽な方のレストランで、更に一人で甘い蜜を吸わせてやっている」
なんて思われていたんだろうなと思います。
体調管理は自分の責任?全くもってそう思います。
当時の僕は、オーストラリアで小さいレストランを任されることになりました。
仕入れ、仕込み、調理、サービング、接客、デリバリー、掃除、植物の管理など店の全てを僕一人がやらなければいけない状況が数年続きました。
当時、オーストラリアにワーホリを使って行ったのですが、周囲は皆仕事に飢えている状態。
そんな中、競争率の高いレストランに入れたことは、ラッキーだと思い込んでいました。
仕事は10時45分からスタート。11時に店をオープン、8時クローズでした。
その間、午前はバイトの子が一人つくかつかないかで、夜はずっと一人でした。
流行っているレストランであれば、忙しくて気も紛れるかもですが、働いてた店は僕一人でまわる程度なのでお客さんもまばら。
「海外の暇そうなレストランで、一人とか・・・最高じゃん」
とか思われてたんだろうな。
全くもって最高じゃない。むしろ最悪。
毎日1回1回、トイレに行くだけでも会社やお客さんに気を使っていました。
(店は監視カメラで社長や幹部の携帯から見られている)
ただ座っているだけで、給料が貰えるわけでもないし。
店での退屈な時間は、本当に苦痛でした。
「生きていく為には仕方ないし、なんならこの仕事はマジでラッキーな方だろう!誰かに取られちゃダメだ!」
と、間違ってることを自覚しながら、自分をコントロール。
でも、どこかで僕はこう思っていました。
「1日の半分以上を退屈な仕事で埋め、俺はここ(オーストラリア)で何をしてるんだろう・・・?」
気づいたら仕事の時間は完全に【無】と考えるようになり、夜に友達と飲み歩くことだけが1日の唯一の楽しみになっていました。
そして28連勤が終わった日、僕は体調を崩して倒れました。
正直、20連勤などは頻繁にありました。
休みが欲しい!と思ったこともありますが、当時は仕事以外することがなかったので、そこは特に苦じゃなかったです。
一番苦だったのは「連勤」より、その中の退屈な時間。
そして、監視されているという圧迫感と緊張感でした。
音楽も決められた曲しか流せず、僕は数年ノラ・ジョーンズを毎日聴くことに。
大して音楽に詳しくも無い、ただの素人が「店に合ってるから」という根拠のない理由で選んだ曲を永遠に聴かされる地獄。(ノラ・ジョーンズが嫌いなわけでは無い)
ストレスってのは自分が気づかない間に、本当に溜まっていくみたいで。
【無】の時間のストレスは、夜に友達と飲むことで解消されてたと思っていたのに、28連勤明けの休みを目の前にし、40℃の熱でぶっ倒れる。
最後に倒れたのが、28連勤が終わった日ですが、実はその会社にいる間に合計3回倒れています。
3回とも熱を出して、病院に行っていますが、全て20連勤以上が終わった日、休みの前日でした。
元々僕はそこまで体が弱いわけでは無かったのと、今までの人生で、仕事のストレスで倒れるなんて経験は初めてで、それにまだ気づいていなかったのです。
3回目、病院で医者が
「また君か。今回はインフルエンザじゃない何か謎のウイルスにかかってるよ、でもとりあえずタミフルは出しておくね。原因は完全に仕事のストレスだと思う、会社に手紙を出してあげるよ。しばらく休養しなさい。」
そして、僕は自分でその手紙を社長に渡した。
「はぁー?wストレスって・・・w 病院ってこんなの出してくるの!?」
「俺は体調管理も自分の責任だと思ってるから、まぁゆっくり休んで」
その時、こいつを殺めてやろうと思いました。
彼は日本人で、とあるビジネスがオーストラリアで当たり、年商で数億を稼いでいる。
漫画に出てくるような、成金で調子に乗っているタイプで、とにかくあらゆる人間から嫌われていた。
そういう意味でも負ける気が一切しなかったので、地獄に落としてやろうかと思いましたが・・・40度でフラフラ。もう僕は動くこともできなかった。
休養中、冷静に考えたら、確かに体調管理は自分の責任だと思った。
本当にろくに寝ずに毎晩飲み歩いていたし、そりゃあ病気にもなる。
どんな理由があろうとも、行動したのは僕自身。
毎日のストレスを発散する方法を「飲み歩くこと」にしたのは僕。
自分の体調管理は、自分の責任。
ただの悪循環だと気づきました。
体調管理は自分の責任なのです。
ストレスの溜まる会社にいる俺が悪い。
その後、ストレスをどう減らすか?と、とにかく毎日考えていたある日
僕は遅刻した。
15分ぐらい遅刻した。
監視カメラをみた社長が、僕に電話する。
「なんでお前、店にいねーんだよ?いつもそんなことしてんじゃねーのかよ?」
「給料泥棒じゃねーか!俺はお前を信じて店に立たしてんだぞ!しっかりしろよ!」
ちなみに、11時にお客さんが来た日なんて数年間で1度も無い。
俺はその日、仕事を辞めた。
自分の責任で仕事を辞めたら、人生が変わった
実は仕事を辞める2日前かそれぐらいに、今の奥さんとその店の前で出会った。
「この人と一緒に居たい」とチンパンジー的に思った俺は、仕事なんてしている暇など無かった。
そして、付き合うことになり、数日後に一本の電話が入る。
僕が前にいた会社の社長の知り合いからだった。
「ツアーガイドの仕事があるんだけど、俺が体調崩してしまって・・・・、明日だけ代わりに行ってくれないかな?」
ファミリー経営の、いわゆるローカルジョブだった。
内容は、日本人観光客と離島に行くツアーの通訳と、お手伝い。
何故か僕は、そのファミリーに凄く気に入られ、本当に仲良くなった。
オーストラリア生活の最後の方は、ほとんど彼らと時間を共にした。
社長のGregのお陰で、僕はその会社のメインガイドになれた。
誕生日パーティに特別招待されたりと、とにかくめちゃくちゃお世話になった。
日本に帰ってきた今でも、彼らは僕にとって、オーストラリアの家族。
facebookやInstagramで今でもやり取りしている。
オーストラリアが夏になり、日本の冬休み、12月末〜正月は連勤だった。
朝5時に起きてフェリーに乗り・・・みたいな中々ハードな仕事だったにも関わらず、同じ連勤でも全くストレスが溜まっていなかった。
「体調管理は自分の責任だな」とノースストラドブローク島へのフェリーで思った。